研究結果

超薄膜物質の磁性を容易に測定できる手法を開発

スピン流は電子の自転に由来する磁石の性質を指し、電流と対比され次世代技術スピントロニクス注1)の基礎現象として注目されています。
さて、電流の流れ易さ(電気伝導度)を調べることで、物質の性質を金属、半導体、絶縁体と分類することができます。では、スピン流の流れ易さ(スピン伝導度)を調べることで、物質の性質を分類することはできないのでしょうか。
今回、そのスピン流を用いて物質の磁石がもつ性質である、磁性を観測することができることを明らかになりました。

実験では、試料として磁性絶縁体であるイットリウム鉄ガーネット(YIG:Y3Fe5O12)と白金(Pt)の間に、磁性体である酸化コバルト(CoO)の超薄膜(厚さ3~10ナノメートル)を挟んだ3層構造を準備しました(図1)。YIGに静磁場注2)とマイクロ波注3)を特定の条件で印加することで、スピンの運動が生じます。このことを強磁性共鳴と呼び、その条件下では、YIG中のスピンが一斉にコマの様に回転します。このスピンの回転は隣接する層へスピン流を生じさせます。これはスピンポンピングと呼ばれる現象であり、最も基本的なスピン流の生成方法です。YIG層から注入されたスピン流は、CoO層を通過してPt層へと到達します。Pt層では、注入されたスピン流が逆スピンホール効果注4)によって、電圧に変換されます。この電圧には、CoO層のスピン伝導度が反映されることが期待されます。
この状態から温度による電気信号の変化を確認したところ、特定の温度で明らかなピークが観測されました。このピークは、ちょうどCoO層が常磁性体から反強磁性体へと相転移する温度(ネール温度)に近い温度で起こっています。つまり相転移近傍ではスピン流が流れやすく大きな電圧が観測された一方、低温の反強磁性層ではスピン流が流れにくく小さな電圧が観測されたことになります。(図2)
また、さらに強磁性共鳴の周波数を変え実験を行ったところ、低周波ほど電圧が大きくなることも観測されました。

今回の測定によって、スピン流の流れ易さが、超薄膜中の磁性を反映することが分かりました。従来このような薄膜の磁性をとらえるには、中性子散乱などの大型の設備を使用しなければなりませんでしたが、この手法をつかえばより簡単に磁性薄膜の磁気的性質を測定することが可能となります。この様な磁性超薄膜の磁気的性質の測定は、近年のスピントロニクスの発展に伴ってニーズが増しており、今後同分野における貢献が期待されます。

実験セットアップの模式図とサンプルの電子顕微鏡写真

図1:実験セットアップの模式図とサンプルの電子顕微鏡写真

図2:測定された逆スピンホール電圧の温度依存性(上図)と、CoO層の磁気相転移(下図)との対比図。温度依存性のピークがCoO層が常磁性体から反強磁性体へと相転移する温度の近くにある。

用語解説
注1)スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を研究開発する分野のこと。
注2)静磁場
時間的に変動しない一定の大きさの磁場のこと。
注3)マイクロ波
電磁波であり、周波数が数~数百GHz程度のものを指す。波長の範囲が㎛オーダーのためこう呼ばれる。
注4)逆スピンホール効果
スピン流を流すと、その流れる方向と、流れているスピンの向きに垂直な方向に電圧が生じる現象のこと。
論文情報
“Spin-current probe for phase transition in an insulator”
Zhiyong Qiu, Jia Li, Dazhi Hou, Elke Arenholz, Alpha T. N’Diaye, Ali Tan, Ken-ichi Uchida, Koji Sato, Satoshi Okamoto, Yaroslav Tserkovnyak, Z.Q.Qiu, Eiji Saitoh.
doi:10.1038/NCOMMS12670