研究成果
Reaserch result

スピンゼーベック効果の高効率化に新指針

スピンゼーベック効果はスピン流注1)を介し、熱を電気エネルギーに変換する現象であり、それを発現する素子の構造が単純なことから、次世代の熱電変換法として期待されています。従来、スピンゼーベック効果の性能向上は、磁性体中のスピン流の担い手であるスピン波・マグノン注2)の性質向上が主な研究対象で、素子を多層化することなどによってスピン波の伝搬距離をのばすことで、スピンゼーベック効果の出力向上に貢献してきました。
しかし新たな研究指針として、物質中の音波がスピンゼーベック効果の出力向上に寄与する可能性をあることが今回の研究で明らかとなりました。これは物質中で音波・フォノン注3)と、スピン波・マグノンが同じ波長・振動数・速度を持った波動となった場合、互いに共鳴することでスピン流の伝搬距離を伸ばした結果もたらされたものと考えられます。

今回実験では、イットリウム鉄ガーネット(YIG)という磁性絶縁体に白金(Pt)薄膜を成膜し、スピンゼーベック効果によって生じた起電力の測定を行いました(図1)。これに磁場を加えることでマグノンの周波数を高周波側にシフトさせます。フォノンの周波数は磁場で変化しないためマグノンの周波数のみを変化させることが可能です。この測定を行うと、ある特定の磁場において、図1(c)に示したようにスピンゼーベック効果の発電量がピークを持つことが分かりました。このピークの原因は、マグノンとフォノンの混成によるものと考えられます。二つの波の波長と振動数が一致する共鳴条件下では、マグノンとフォノンは波として混ざるようになります。この場合、スピン流の担い手はもはやマグノンではなく、マグノンとフォノンの両方の性質を持った新しい混成波になっていると考えられます。このような混成は通常でも存在していますが、ある特定の磁場では、マグノンとフォノンの伝搬速度までもが一致します。それはマグノンとフォノンの分散関係がちょうど接する状況で実現されます。一般に、フォノンはマグノンよりも長距離を伝搬します。そのため、この特別な混成波はフォノンの長距離伝搬とマグノンの角運動量輸送の両方の性質を最大限利用し、より長距離を伝搬するスピン流として、スピンゼーベック効果を増大させると考えられます。実際に混成波の影響を考慮したスピン流の理論計算をおこなったところ、実験結果は良く再現されているものであることが分かり、混成波によって生じた長寿命なスピン流がスピンゼーベック効果の起電力信号増大の起源であると結論付けました。また、マグノンによるスピンゼーベック効果が低下する温度4 K程度の低温領域において、この特別な共鳴現象による効果が顕著となり、発電量が数百パーセントも改善することが明らかとなりました。

今回の研究により、マグノンとフォノンの共鳴効果(混成効果)を介して、マグノン流に比べて長寿命なフォノン流をスピンゼーベック効果に利用可能であることが示されました。これは次世代の熱電変換技術として注目されているスピンゼーベック効果の高効率化への新しい指針が得られたといえます。今後、本発見を皮切りに音波・フォノン流を積極的に利用したスピントロニクス注4)分野の新たな発展が期待されます。


(a)YIGのマグノンとフォノンの分散関係の模式図。

図1.(a)YIGのマグノンとフォノンの分散関係の模式図。 磁場値が2.6 T、9.3 Tのときに、マグノンの分散関係はそれぞれ横波フォノン、 縦波フォノンの分散関係に一点で接し、このときマグノン-フォノン共鳴(混成波)の寄与が最大となる。 (b)起電力の磁場依存性。 (c)起電力が最大値をとる磁場付近の拡大図。

用語解説
注1)スピン流
電子が持つ磁気的性質であるスピン(角運動量)の流れ。
注2)マグノン
磁性体の内部で整列したスピンの揺らぎ(スピン波)を量子力学的に扱い、粒子として表したもの。
注3)フォノン
結晶内部の音波を量子力学的に扱い、粒子として表したもの。
注4)スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を研究開発する分野のこと。
論文情報
“Magnon Polarons in the Spin Seebeck Effect”
Takashi Kikkawa, Ka Shen, Benedetta Flebus, Rembert A. Duine, Ken-ichi Uchida, Zhiyong Qiu, Gerrit E. W. Bauer, and Eiji Saitoh.
Physical Review Letters 117, 207203(2016).
doi:10.1103/PhysRevLett.117.207203
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