研究成果
Reaserch result
電子は電気的な性質に加えてスピンと呼ばれる自転的な性質を持っています。そのスピンの流れであるスピン流は電流と同じように情報を伝送する担い手になれると考えられており、例えば、強磁性体(磁石)にスピン流を流し込むことで磁石の向きを反転することができるため、次世代メモリーとして注目されている、磁気ランダムアクセスメモリー(MRAM)の基本技術などに使われています。 一方で、スピンは自転的な性質ですから、ミクロな回転と見なすこともできます。この回転を利用し、物体の回転運動をはじめとするマクロな機械運動をスピン流によって引き起こすことはできないのでしょうか。
今回、磁性体で作製したマイクロデバイスにスピン流を注入しすることで、純粋なスピン流のみで機械を振動させることに成功しました。
本研究では磁性絶縁体を加工して作製したマイクロメートルスケールの構造体にスピン流を注入することで、その構造体の機械運動を生み出せることを検証しました(図1)。まず、スピン流が流れやすいイットリウム鉄ガーネット(YIG: Y3Fe5O12)を加工して、カンチレバー(注1)構造を作製しました。さらに、このカンチレバーにスピン流を注入するために、カンチレバーの根元付近に白金(Pt)細線からなるヒーターを熱源として形成しました。このヒーターに交流電流を流すことで熱流が発生し、スピンゼーベック効果(注2)によって生成されたスピン流がカンチレバーの先端に向かって伝搬していきます。
一般に、物体には振動しやすい固有周波数というものがあります。この固有周波数と同じ周波数の外力を与えると共鳴が生じ、小さな外力でも大きな振動を作ることができます。今回の測定系では、外力となりうるものに熱流由来の力とスピン流由来の力があり得ます。この二つの力の寄与を分離してカンチレバーの振動を測定する必要があります。そこで、試料に加えた外部磁場も一定の周波数で変調して測定を行いました。スピン流由来の力はヒーターの電流と外部磁場の両方からの変調を受けます。一方で熱流由来の力はヒーターの電流の変調のみを受けます。うまく周波数を設定し、スピン流由来の力だけがカンチレバーの共鳴周波数に一致するように設定することで、熱流由来の外力を除外した測定が実現されました。
このような実験系を用いてスピン流を注入し、カンチレバーの振動を測定しました。スピン流を注入しない状態では、環境のノイズによるカンチレバーの微小な振動のみが観測されました(図2挿入図の小さなピーク)。ここにスピン流を注入すると、カンチレバーの振動に明瞭なシグナルが現れました(図2)。電流の有無や磁場の向きを変えた測定から、このシグナルが現れる条件がスピン流注入によって生じる力と整合していることが確認されました。
今回作製した磁性絶縁体のマイクロ機械構造体(カンチレバー)では、カンチレバー上に電気の配線を作り込む必要がありません。そのため、配線の作り込みが困難な機械構造体を駆動する手段の1つとして、磁性体を利用したマイクロ機械デバイスやナノ機械デバイスへの応用が期待されます。
図1.実験のセットアップ図
イットリウム鉄ガーネット(YIG:黄色部分。並んでいる紫の矢印がスピン)により構成されるカンチレバーの根元部分に、スピン流検出用の白金(Pt:茶色部分)からなる熱源(ヒーター)を形成した。ヒーターに電流を加えて熱流を発生させることによりカンチレバー先端方向(x方向)に向かってスピン流(紫矢印の振動)を引き起こし、カンチレバー先端を上下矢印の方向(z方向)に振動させる。
図2.カンチレバーの振動特性
スピン流を注入した際のカンチレバー振動特性。スピン流を注入しない状態では環境からのノイズによる小さなピークのみが観測された(挿入図)が、スピン流注入によりシャープなシグナルが現れている。電流の有無や磁場の向きを変えた測定から、このシャープなシグナルが現れる条件がスピン流注入によって生じる力と整合していることが確認された。
- 用語解説
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注1) 片持ち梁(カンチレバー)
板飛び込みの飛び板のように、一端を固定し、もう一端を固定せず自由にしている構造体のこと。 -
注2) スピンゼーベック効果
磁性体に温度差を与えることによってスピン流が生成される現象で、齊藤 英治 教授らが2008年に発見した。スピントロニクス分野において、汎用性の高いスピン流源としての応用が期待されるとともに、スピン流と垂直な方向に起電力が発生する現象(逆スピンホール効果)と組み合わせることで熱電変換素子としての応用可能性が示唆されている。
- 論文情報
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“Spin Seebeck mechanical force”
(スピンゼーベック効果による機械的な力)
doi:10.1038/s41467-019-10625-y
- 関連タグ
- ERATO