研究成果
Reaserch result

スピンペルチェ効果の温度分布可視化に成功

スピンペルチェ効果による物質中の温度変化を可視化することに世界で初めて成功しました。熱は物質中を伝播し拡散していく、というのが従来の熱現象ですが、今回スピンペルチェ効果によって生じる温度変化は周囲には広がらず、局所的に生じるということが明らかにしました。

物質中には様々な流れが存在します。電気の流れが電流、熱の流れが熱流、そして磁気の流れがスピン流です。これらの流れは相互に作用し、変換することができます。(図1)スピンペルチェ効果とは、スピン流注1)によって温度変化を引き起こす現象であり、磁性体と金属の接合構造に電流を流すことによって発現します。しかし、これまで試料中に流れる電流に由来するジュール熱による温度変化との分離が難しいため、どのような温度分布が生じているのかは明らかにされていませんでした。

今回、スピンペルチェ効果を測定するため、金属薄膜と磁性ガーネットの接合構造を用いまた試料を作成しました。金属薄膜に電流を流すと、電流と垂直方向にスピン流が生成されるスピンホール効果が発現し、接合界面にスピン流が生じます。これによりスピンペルチェ効果が生じて界面に流れるスピン方向に依存して加熱、もしくは冷却が起こります。
この時に生じる温度変化をロックイン・サーモグラフィ法とよばれる手法を用いて観測をおこないました。通常のサーモグラフィ法は、薄膜中の電流に由来するジュール熱とスピン流に由来する温度変化を重ね合わせて測定してしまうことが問題でしたが、ロックイン・サーモグラフィ法では、赤外線カメラを用いて、ある周波数で時間変化する温度分布を選択的に抽出して可視化することができます。スピンペルチェ効果に由来する温度変化は電流の向きに依存して変化するので、金属薄膜中の電流と同じ周波数をもつ温度変化信号を検出することで、スピンペルチェ効果に由来する温度分布だけを観測することが可能となります。
実験の結果、金属と磁性ガーネットの接合界面上に明瞭な温度変化が観測されました(図2)。スピンペルチェ効果による温度変化は金属薄膜の部分のみに生じており、その周囲には広がっていないことが分かります。この振る舞いはジュール熱などの通常の熱源による温度変化が熱流に伴って広がっていくこととは対照的です。
スピンペルチェ効果によるこの独特の温度分布は金属と磁性ガーネットの接合界面を流れるスピン流によって「双極子型熱源」が生じると解釈することで説明ができます。双極子型熱源は等量の発熱源・旧熱源のペアで構成され、通常の発熱源(単一熱源)とは異なり、異方的な温度変化を示します。今回、双極子型熱源を仮定した数値計算によって、実験的に観測されたスピン流に伴う独特な温度分布が再現できていることを確認しました。この局所加熱・冷却効果はスピンペルチェ効果の熱画像観測によってはじめて見いだされたものであり、対象の温度のみを周りの温度に影響を与えず変調することが可能になるため、まったく新しい熱制御技術につながる可能性があります。

スピン流-熱流-電流変換現象とスピンペルチェ効果

図1.スピン流-熱流-電流変換現象とスピンペルチェ効果
スピンペルチェ効果は、スピン流から熱流を生成する現象であり、磁性体と金属の接合構造において発現する。

白金と磁性ガーネットの接合試料におけるスピンペルチェ効果の熱画像計測

図2.白金と磁性ガーネットの接合試料におけるスピンペルチェ効果の熱画像計測
上図は試料の赤外線写真である。中図と下図はそれぞれ、スピンペルチェ効果によって生成 された温度変化の大きさと符号を表す。ロックイン・サーモグラフィ法により、スピン流が作 り出した温度変化を明瞭に観測することに成功した。

用語解説
注1)スピン流
電子が持つ磁気的性質であるスピン(角運動量)の流れ。
論文情報
Nature Communications
Thermal imaging of spin Peltier effect
Shunsuke Daimon, Ryo Iguchi, Tomosato Hioki, Eiji Saitoh, and Ken-ichi Uchida
doi:10.1038/ncomms13754
関連タグ
ERATO