研究成果
Reaserch result

核スピン由来のスピン流を世界で初めて検出

スピントロニクスは、電子が持つ電荷だけでなく、電子が持つスピンをも利用して、情報の処理・伝達・保存を行う技術であり、電子スピンの伝搬を担うスピン流は最も重要な物理量です。しかし、物質中にはこのスピンを持った粒子が電子以外にもあります。それは原子核です。 原子核のスピンは医療現場での大型検査機器などに使われる磁気共鳴イメージング法(MRI)に利用されています。しかし、核のスピンを調べるには非常に大きな磁場が必要であり、電子機器など身近なものではこれまで全く利用されていません。 一方で、核スピンは、電子スピンよりも長い時間スピンの情報を維持できます。この性質をスピントロニクスにも利用できないでしょうか。

今回、炭酸マンガン(Ⅱ)(MnCO3)という物質に着目しました。この非常に強い核スピンと電子スピンの相互作用があることが知られています。この相互作用によって核スピンと電子スピンとが連動し、核スピン波という集団運動を作ります。今回、この核スピンが、核スピン波を通じて作るスピン流を検出することに成功しました。

実験では、MnCO3に白金(Pt)を成膜したサンプルを使いました。MnCO3にラジオ波を照射し、核磁気共鳴(注1)を起こします。この核磁気共鳴によってMnの原子核スピンが運動を始めます。この核スピンの運動は、電子スピンとの強い相互作用によって核スピン波となって伝搬します。こうして生じた核スピン波は、スピンポンピング(注2) と呼ばれる現象を通じて、Pt層にスピン流を作ります。こうして作られたスピン流を、Pt層の逆スピンホール効果(注3) によって電圧として検出することに成功しました。

本研究は電子スピン同様に、核スピンを使ってもスピン流を作れることが示され、核スピンをスピントロニクスという固体素子研究の枠組みに取り入れる可能性が拓かれました。 また、従来、核磁気共鳴法でしかその性質を知ることができなかった核スピンに、スピン流を使って電気的に調べられることをも示した画期的な成果です。


図1.実験のセットアップの模式図(左)と、核スピン波の概念図(右)
MnCO3にPtが成膜された試料に、ラジオ波を照射する。核磁気共鳴が起きた時に、Pt層に生じる電圧を測定する。核スピンは超微細相互作用を通じて電子スピンと結合している。電子スピンにスピン波の励起が存在すると、電子スピン波を介して核スピンの間に実効的な相互作用(Suhl-Nakamura相互作用)が働く。この相互作用によって核スピンと電子スピンが結合した核スピン波が生じ、スピンポンピングが生じると考えられる。

用語解説
注1) 核磁気共鳴
磁場中に置かれた原子核にラジオ波を照射すると、特定の周波数で核スピンが共鳴し、歳差運動する現象のこと。
注2) スピンポンピング
強磁性体の磁化が外部からのエネルギーに共鳴して歳差運動(コマ運動)をすると、接合した金属にスピン流を生じさせる現象のこと。
注3) 逆スピンホール効果
スピン流と垂直な方向に起電力が発生する現象。電子のスピンと軌道の相互作用により上向きスピンを持った電子と下向きスピンを持った電子が互いに逆方向に散乱されることによって生じる。スピン情報と電気情報をつなぐ現象として、スピントロニクス分野で重要である。
論文情報
“Spin pumping from nuclear spin waves”
Yuki Shiomi, Jana Lustikova, Shingo Watanabe, Daichi Hirobe, Saburo Takahashi, and Eiji Saitoh
doi:10.1038/s41567-018-0310-x
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