研究成果
Reaserch result

ブラックホールの理論を用いて磁性体の物理量を計算する手法を開発

ブラックホールは光さえも抜け出すことのできないほど、質量が大きくかつ高密度で強大な重力を持つ天体であることが知られています。この天体を理解するには、強い重力を記述する一般相対性理論が必要不可欠であり、最近では、ブラックホールの衝突によって生じた重力波の検出にも成功しています。近年、一般相対性理論と量子場の理論を統合してブラックホールの量子力学を理解しようとする試みが、超弦理論を使って大きな進歩を遂げています。その取り組みから現れたホログラフィック双対性は、ブラックホールを理解するだけでなく、様々な物理系への応用が始められています。今回の研究では、この理論を用いて、磁性体の物理量を計算する手法を開発することに成功しました。

一般相対性理論と量子場の理論との統合は現代物理学の最大の課題です。それらを統合できる理論として現在最有力視されているのが超弦理論です。超弦理論は物質の最小単位であるたくさんの素粒子を一つの弦の異なる振動状態として表す理論です。この超弦理論から生まれた、ホログラフィック双対性と呼ばれる仮説があります。ホログラフィック双対性とは、私たちが目にしている3次元空間上の重力を含まない通常の量子場の理論と、より高次元空間の重力の理論とが、全く同じ物理的帰結をもたらすとする仮説です。この仮説が強力な点は、量子場の理論の困難な計算を、高次元の古典重力理論における比較的簡単な計算に焼き直せることです。
このホログラフィック双対性は超伝導注1)を理解するためなどにすでに利用されており、超伝導体と同じように磁性体も相転移を起こすことから、磁性体にも活用できる可能性が議論されてきましたが、今まで明確な重力理論との対応が示されていませんでした。
今回、先行研究により、重力理論と強磁性体についてそれぞれの対称性に関する議論を検討した結果、この二つの理論の間の関係を示す辞書を作成することに成功しました(図1)。


今回開発した理論によると、強磁性体の磁化は古典重力理論の3成分のスカラー場注2)と、スピン流はスカラー場と結合したS U ( 2 ) ゲージ場注3)とそれぞれ対応します。また、相転移を引き起こす有限温度効果は、重力理論にブラックホールを導入することにより、そのホーキング輻射注4)の効果として表されます。この対応関係をもとに重力理論から、磁化、磁化率、自由エネルギーなどの物理量の計算を行ったところ、磁性体の転移温度付近の振る舞いが、従来の平均場理論注5)で得られる臨界指数と一致することが分かりました。同様に、磁化がほぼ一様に揃った低温領域に現れるマグノンや伝導電子などの素励起に由来する物理量の温度依存性に関しても、双対な古典重力理論の計算結果が矛盾なく再現することが分かりました。
これは、従来の理論では計算することのできない新しい現象が重力理論から計算できる可能性を意味し、新たなスピン流現象が予言できると期待されます。重力理論を扱う素粒子物理と量子力学を扱う物性分野の融合領域から発展したこの手法を活用するために、今、素粒子・宇宙論の理論家と物性実験家が活発に議論を行っています。

用語解説
注1) 超伝導
電子の量子力学的な波動性がマクロに発現した物質の状態で、低温で現れる。マイスナー効果(完全反磁性)や電気抵抗0といった特徴的な性質がある。
注2) スカラー場
値がスカラー(数)である場のこと。
注3) S U ( 2 ) ゲージ場
物質場の位相を回転させる対称性に対応した場であり、素粒子理論においては力を媒介する粒子に相当する。U(1)ゲージ場は電磁場であり、SU(2)ゲージ場はウィークボゾンに対応する。
注4) ホーキング輻射
古典重力理論の範囲では、ブラックホールは物質を吸収するだけで光さえも抜け出すことが出来ないが、一般相対性理論と場の量子論を組み合わせるとブラックホールも粒子を放出可能であることが示される。発見者スティーブン・ホーキングにちなみ、この現象をホーキング輻射と呼ぶ。
注5) 平均場理論
粒子などのそれぞれの相互作用を計算に含めると非常に困難になるため、ある粒子に働く他の粒子からの相互作用を、すべての粒子からの寄与を平均した実効的な場として扱う理論。もっとも基本的な多体問題の近似方法として知られる。
論文情報
Holographic realization of ferromagnets
Naoto Yokoi, Masafumi Ishihara, Koji Sato, and Eiji Saitoh
Phys. Rev. D 93, 026002(2016)
doi:10.1103/PhysRevD.93.026002
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