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天然磁石からスピントロニクスまで
Column

磁石と人との長い歴史

当研究室では研究分野の一つとして、「スピントロニクス」の研究を行っています。スピンとは磁石の性質に由来する、電子の自転のことを意味します。
今回は磁石と人との歴史を振り返りながら、私たちが現在行っている磁石の性質・磁性を利用した最新の研究成果をご紹介します。

古代ギリシアでからはじまった人と磁石の出会い

人が初めて磁石を見つけたのは紀元前、古代ギリシアであると言われています。牛飼が偶然見つけたのだという伝説が残っており、地中にあった天然磁石・磁鉄鉱(マグネタイト:Fe3O4)が露出し、牛飼の杖や靴などにくっついたのだと考えられています。この磁石の不思議な性質は人々の興味を惹きつけ、さらにその有用性が理解されることで徐々に人々の生活に利用されていきます。 磁石の最初の応用品と言えるのが、中国で作られた「指南魚」です。これは魚をかたどった木片に磁鉄鉱を入れたもので、水に浮かべると南を指します。中国では主に風水に利用されていたようですが、のちに羅針盤へと進化しヨーロッパの大航海時代を支えます。 また磁鉄鉱は酸化鉄であることから鉄の鍛錬にも利用され、錬金術師たちにとって身近な存在でした。錬金術師たちは、その鉄を引き寄せる不思議な性質を「物質の精神力」と表現していました。現代からすると非現実的な解釈ですが、磁石への理解があまり進んでいなかった当時を考えれば当然といえます。この解釈が改められるのは、1600年。ギルバートによって発刊された著書「磁石論」で、磁石に関する現象と俗説を詳細に検討し、そして、初めて地磁気の存在を論証しました。近代磁気学の幕開けです。

磁石の性質がより詳しく理解されていく

18世紀になると、磁気とさらに電気に関する理解と技術が飛躍的な進歩を遂げます。まず、クーロンとキャベンディッシュが1785年クーロンの法則(二つの電荷の間に働く力が距離の逆二乗に比例すること)を発見します。続いてボルタが電流を発見、電気といえば静電気しかなかった世界に初めて電流という概念が登場します。そしてこの電流が方位磁針を動かすということに気づいたエルステッドとアンペールは1820年、電流が磁場を作る、というアンペールの法則を発表します。さらに1831年、ファラデーはアンペールの法則の逆効果である電磁誘導を実証するのです。
これらの法則や現象は1865年、電気と磁石を用いた様々な発明の進化とともにこの基礎現象はマクスウェルによって磁気と電気の関係性を示す電磁気学として数学的に定式化されます。
今、私たちの生活を支えている、電磁石、モーター、発電機、電信機といった基礎発明がこの時代になされました。この頃になると電気と動力を担う磁石の重要性が強く認識され、その理解を深める研究とより強力な磁石の開発が行われるようになります。また、トムソンによって電子の存在が確認され、電子が回転・スピンを持つことがわかると、ハイゼンベルグがスピン間の相互作用についての理論を確立。現代の量子力学的な磁性の起源が提案されました。

人工磁石の開発からスピントロニクスへ進展

そして20世紀、人工磁石の開発が大きく進みます。本多光太郎によるKS鋼は世界で初めての人工磁石であり、これを皮切りにフェライト磁石、1960年代の希土類磁石の実現に続き、現代最強の磁石・ネオジム磁石が発明されます。これらのフェライト磁石やレアアース磁石は現代のエレクトロニクスを支える礎になっています。
1900年代中頃には磁石は記録媒体として注目され始めます。カセットテープなどに代表される磁気テープ、そこから始まった磁気記録技術は、デジタル情報化社会において、その性能を飛躍的に高めていきます。パソコンなどに使われるハードディスクドライブ(HDD)では情報を読み出すヘッドで、磁気抵抗の変化を検出し、電気的にディスク上の磁化パターンを読み出しているので、磁化変化に対して大きな磁気抵抗変化を得ることにより高容量が実現されます。このような物理現象が発見されたことで、HDDは飛躍的に容量を増やしました。これらの現象は電子の電荷とスピン(磁気)を使ったエレクトロニクス素子として、スピントロニクスの幕開けとなりました。

スピントロニクスのさらなる進展

そして、スピントロニクスの進展は、基礎科学にも新しい知見をもたらしました。私たちの行っている研究テーマであるスピン流もその一つです。スピン流は電子の自転による角運動量の流れであり、その性質から電荷の流れである電流と対比されます。電流を伴わないスピン流は絶縁体中を流すことができ、このスピン流で情報処理を行う試みはマグノニクスと呼ばれています。また、スピン流は熱を運ぶこと、そして熱によってスピン流を駆動できる事がわかり、熱から発電を行う熱電変換にも有用であると考えられています。この熱とスピン流に関する分野は、スピンカロリトロニクスと呼ばれ実用化に向けた研究が行われています。 私たちは最も重要なスピン流現象といえる、スピン流から電流を生成する逆スピンホール効果を発見や、スピン伝導絶縁体、スピンゼーベック効果の発見など、スピン流の物理のフロンティアを、先頭に立って開拓してきました。そして今、電子のスピンのみならず原子核スピンをも利用することや、またスピンが古典力学的な運動をもたらす技術などを開発し世界をリードし続けています。 地中から見つかった不思議な鉱物に過ぎなかった磁石が、長い歴史のなかでその性質についての解釈が深められ、今また新しい発展を遂げようとしているのです。

原案:追川康之
改変:皆川麻利江