interview and columunインタビュー&コラム
#2
特任研究員横井直人
interview

一般相対性理論から磁性体解明への挑戦

アインシュタインが発表した重力の理論である一般相対性理論。これを用いて、磁性体の性質を理解しようとする試みが行われています。この研究に取り組む横井直人さんは物性物理を研究する齊藤研究室において唯一の(元)素粒子物理の研究者です。横井さんに、異なった分野からのアプローチを用いた研究や、今行っている最新の研究についてのお話を伺いました。

横井さんは齊藤研に来る前まで、ずっと素粒子物理を研究されていたのですよね?


はい。高校生の時はホーキングのベストセラーに影響されて宇宙論をやりたいとずっと思っていたんです。でも大学院に入学し、講義を受ける中で素粒子の振る舞いを記述する場の量子論というものに興味を持ちました。僕が大学院生の頃は場の量子論と重力を記述する一般相対性理論が同じ物理的帰結をもたらす、とするホログラフィック双対性というのが一躍ブームになっていて、僕の学位論文のテーマもそれです。以来ずっと素粒子理論の研究を行ってきましたが、東北大学で研究していた時に齊藤先生に出会い、ホログラフィック双対性を応用した磁性体へのアプローチを考えていると聞き、2014年から物性の世界に足を踏み入れることになりました。


実験を行う物性と数理的な側面の強い素粒子理論では異なることも多いのではないかと思いますが、研究を始めるに当たって戸惑いなどはなかったのでしょうか?

実験をする方々と、考え方が少し違うなというのは感じますね。実験結果を踏まえて、それを説明する理論を構築するので、知識がすごく必要なのと、それを組み合わせるのに頭の回転が早くないといけない気がします。素粒子理論だと、理論の構築の方が先なので、計算していてこれは違うなとなったら、どこまで戻るのかという考え方をします。時には物理の本当に基本的な原理まで戻らなければならなかったり。
ただ、僕はあくまで理論的解析を行うので、分野の違いというのは問題にはならなかったです。齊藤研が所属していた東北大学A I M Rには同じようなアプローチをしている研究者がいたので、一緒に議論して研究を進めることができました。大体一年くらいで一つの論文としてまとめる事ができました。


その論文というのが、強磁性体と重力理論の間でそれぞれ対応する理論を見つけたとする、2016年の論文ですね。

そうですね。もともと超伝導体を理解するのに重力理論を応用しようとする試みがありました。超伝導体は磁性体と似ている系なので、磁性でもいけるんじゃないかというアイデアがあって、とりあえず超伝導での先行研究を真似て、一番簡単だと思われる磁性体の理論に重力理論を持ち込んでみたら、うまくはまりました。
ただ超伝導体の場合、温度を下げていって相転移し超伝導になるまでの計算はたくさんありましたが、相転移をした後についての計算はあまり行われていませんでした。磁性体の場合、相転移して強磁性になった後の研究を皆さんしているわけで、相転移したあとについても簡単な計算をやってみたら破綻する気配がなかったので、本格的に計算してみることにしました。
磁石の強さは温度に依存しますが、低温になって相転移した後の磁石の強さを重力理論で計算して温度依存性をグラフにプロットしたところ、磁性体の物理の教科書に載っていたグラフと同じものになっていることに気づきました。予想以上に綺麗にフィットしていたので驚きました。そこで急いで論文にしましょう、となって発表したのが2016年の論文です。


横井さんが2016年に発表した研究成果:「ブラックホールの理論を用いて磁性体の物理量を計算する手法を開発



そして今、また新たに論文を発表されたということですが、どういった内容なのでしょう?

以前に出した論文は磁石の強さの温度依存性など磁石の静的な性質に関する論文だったのですが、スピンは電子の回転なので、その運動方程式があり、スピンの時間発展が計算できます。今回の論文では、強磁性体中のスピンの回転運動を記述するランダウ-リフシッツ方程式を、対応する重力理論に含まれている非可換ゲージ場のヤン-ミルズ方程式から導出するという試みをしています。


新しい試みですね。

はい。以前に論文を出してから3年経ったのですが、重力理論から磁性体にアプローチするという論文は他にあまり出ていませんでした。素粒子理論の業界ではやっている人はあまりいないのではないかと思います。また、物性の研究者が試みるには、考え方や計算法など、まだ慣れていない部分があると思うので少し障壁があるのかもしれません。


今後どのように発展していくのかとても楽しみですね、今後の展望を聞かせてください。

物性物理の中でも、統計物理や可積分系といわれる分野は素粒子物理と相性がよく、素粒子理論からのアプローチを用いた研究がたくさん行われています。しかし、実験を主にしている物性研究者の間では素粒子理論のアイデアを使おうというのはまだあまり行われていません。現実の物性が直に素粒子理論とつながったら…ここから面白いことが生まれたらいいなと思っています。我々のアプローチでは計算によって正確な実験値を出してくださいというのは現時点では難しいのですが、重力理論というかなり違った角度から見ることによって、物性の研究者たちが見逃していたものが見えるのではないかと思っています。素粒子理論の研究者ならではの発見ができたらいいなと思っています。


新たな発見を楽しみにしています。横井さん、ありがとうございました。