interview and columunインタビュー&コラム
#3
准教授塩見 雄毅
interview

世界初の実験を成功させ、さらなる飛躍へ

原子核の持つスピン・核スピンを利用したスピン流を検出することに世界で初めて成功した、塩見 雄毅さん。今、東京大学大学院総合文化研究科の准教授となった塩見さんは2018年まで齊藤研究室で大型の研究プロジェクト(ERATOプロジェクト)の先端スピン流科学グループでリーダーを務めていました。世界初の成果を挙げるまでの経緯や苦労した点についてお伺いしました。

塩見さんは大学院を修了後、齊藤研に助教として着任し、その後始まったERATOプロジェクトのリーダーとなられたそうです

はい、ERATOプロジェクトが始まる2年前に東北大学齊藤研究室の助教として着任していたので、ある程度環境に慣れた状態でプロジェクトリーダーとしての仕事を始めることができました。学生の頃、所属していた研究室でもERATOプロジェクトが行われていて、まさか自分がこのような形でまたERATOプロジェクトに関わるとは思ってもいませんでした。学生の頃は大型のプロジェクトに関わることで得るものも大きかったので、学生にいい影響を与えなければと思っていました。


プロジェクトリーダーとして研究を進める中で、核スピン由来のスピン流の検出、という世界初の成果を挙げられたわけですが、核スピンに注目したのはなぜだったのでしょう?


核スピンをスピン流として利用しようという研究は、同じERATOプロジェクトの日本原子力研究開発機構(原研)のグループで既に取り組んでいました。原研には、核磁気共鳴(NMR)の専門家がいらっしゃって、専門的な計測技術を利用して、核スピンを用いたスピン流開発を行っていました。ただ核スピンに由来する信号は非常に小さく、信号の検出には苦労している、という話を聞いたのです。私たちは核スピンの研究については素人でしたが、得意分野である物質開発という観点から、この問題に挑戦できるのでは、と考えました。


素人だったという核スピンの研究ですが、手探りの状態でどのように研究を進められたのでしょう?

私と一緒に実験をしてくれていた渡邉君(当時修士学生)が、50年以上前の古い文献を調べ、核スピンと電子スピンの相互作用である核スピン波を使えばスピン流として検出できるのではないか、と提案してくれました。そのときは核スピン波という言葉すら知りませんでしたし、古い文献に書かれた内容はときどき間違っていることがあるので挑戦するかどうか悩みました。ただ、よく調べてみたら核スピン波について最近研究された実験論文も見つかったので、自分が無知なだけだろうと思いやってみようと決めました。


対象を核スピン波に絞り、それに適した物質を得意の物質開発の観点から研究を進めたのですね。

はい、まず核スピン波に関する過去の研究をまとめた文献を見て、実験にどの試料を使うのか検討しました。今回使用した炭酸マンガンは先行研究事例が豊富で、かつ良質な試料が購入できます。候補の中では自分たちで作製できそうな試料もあったのですが、良質なものを作るのには時間がかかります。ERATOプロジェクトという後押しがあったからこそ、試料の購入という選択肢を選ぶことができたといえますね。


無事試料を決定し、次は実験へと進まれたのですね。

そうです。測定実験の際、通常核スピンの検出には電子スピンの場合より低い周波数の電磁波が用いられます。電子スピンの研究を主に行なっていた東北大学の装置(※現在東大へ移設)では実験は難しいだろうと思い、原研にある装置を借りようと、NMRの専門家の方に相談をしました。そうしたら、今回の実験で必要な電磁波の周波数はやや高く、測定は東北大にある実験設備で行ったほうが良いとアドバイスを受けました。
東北大には電子スピンによるスピン流を調べるためのマイクロ波を用いたスピン流実験の設備が充実しており、電子スピンで培ってきた実験技術を利用して実験してみたら測定に成功しました。電子スピンのスピン流を研究してきた核スピンの素人が、電子スピンのスピン流研究の実験技術を用いて実験したら偶然うまくいった、ということで、素人であったことが逆に功を奏したというわけです。研究にはこのようなことも時に起こります。


なるほど。測定実験に際して順調に進んだのですか?

いえ、核スピンによるスピン流の信号が非常に小さく、とても苦労しました。最初に得られたデータでは、ノイズに埋もれており何の信号も見当たりませんでした。しかし、渡邉君は諦めずに、それならば100回積算してやろうと夜を徹して測定してくれたのです。100回積算して平均したら、ノイズが減少して信号が見えました。それが今回の成果の最初の実験データです。測定を始めたときは、実を言うとあまり期待していませんでしたし、自分で実験をしていたら最初のノイズに埋もれたデータを見て諦めていたかもしれません。信号があると信じて実験を継続し、数ナノボルトという小さい信号を諦めずに見つけた渡邉君は立派だと今でも思っています。残念ながら、渡邉君は修士課程を修了後に就職してしまいましたが、その後博士課程学生(当時)のルスティコバさんが引き継いでくれて、自分の研究テーマを進める傍ら、より詳しい実験を進めてくれました。私と一緒に実験をしてくれた学生さんたちの貢献は非常に大きいです。


今回の研究を通して感じたことや得たものはありますか?


この研究を進めるにおいて気づかされたのは、核スピンの特徴がスピン流の性質に顕著に現れることです。核スピンのスピン流を研究しているのですから、当然なことではあるのですが、正直、研究開始当初は核スピンについて全くの素人であったため、一つ一つの実験結果に驚くことが多かったです。電子スピンのスピン流研究と同じ測定設備を利用して実験をしているため、どうしても慣れ親しんだ電子スピンのスピン流の性質が測定中に頭をよぎるわけですが、電子スピンのスピン流の知識では説明できない測定結果がどんどん得られるため大変興奮しました。核スピン波は50年以上前から研究されていた古い概念ですが、それをスピン流という新しい観点から見直すことで、異なる一面を見ることができたのも、基礎研究の研究者として素晴らしい経験でした。


塩見さんは、齊藤研を巣立ち今は自身の研究室を主宰されていますが、最後に今取り組まれている研究について聞かせてください。

核スピンを用いたスピン流の研究については、主に物質試料の合成実験の部分で齊藤研究室と共同研究を続けています。核スピンの研究はいわば齊藤研究室に置いてきたわけですが、齊藤研で身に着けた知識や技術を利用して新しい研究に取り組んでいます。
最近特に注目しているのは、磁性金属における圧電効果の研究です。圧電効果は、ピエゾ効果とも言われ、物質の変形から電気を生み出せる現象です。身近なものではライターの着火石などに利用されています。
圧電効果を示す圧電材料は、これまで電気を流さない絶縁体や半導体材料に限定されていましたが、物質の磁性(スピン)を利用すると金属材料でも圧電効果を示す可能性があることが最近理論的に提唱されました。齊藤研では、物質の変形を計測する手法を駆使した実験も行っており、その技術を応用すると金属材料の圧電効果を検証できることに気づき、いち早く実験研究に取り組み、実際に世界で初めて観測に成功しました(磁気圧電効果の観測)。現在世の中で使われている圧電材料は鉛などの有害な原料が含まれているため代替材料の開発が急務であることが長らく指摘されています。わたしたちの研究成果が圧電材料の開発に新しい指針をもたらすのではと期待しています。


主宰している研究室で、齊藤研で培った技術を応用した新しい研究を進められているとのこと、これからのご活躍期待しております。塩見さん、ありがとうございました。