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#4
機械学習を用いた新たな挑戦
Column

AIと物理は相性が良い?

 AIという言葉をニュースでよく目にするようになり、随分と時間が経ちました。すでにAIは、さまざまな分野で応用され、私たちは知らず知らずのうちにその恩恵を受けています。例えば、パソコンで文章を打っているときに、打ち誤った文字が自動で修正された、ということはありませんか。そういった機能の多くにはAIが利用されています。
現在応用されているAIの多くは、機械学習と呼ばれる手法が使われています。機械学習は、物理学ととても相性が良く、その相性のよさを利用した研究が活発に行われています。今回はこの相性の良さの理由と、今当研究室で行なっているAIと物理を組み合わせた研究についてお話しします。

そもそもAIって?

今やすっかり聞き慣れたこのAI (=Artificial Intelligence(人工知能))という言葉ですが、どのようなものを指すか説明できるでしょうか。映画などの影響から、人と対話するロボットをイメージする人も多いかもしれません。実は名前の通り、人間の知能と同じような機能を備えたもの全般を指していて、明確な定義はありません。そのマシンが人間の知能を模倣している、と感じられるのであれば、それはAIであるということです。

一方、機械学習とはAIを実現するための手段の一つです。機械学習を用いることでAIは、人間にはとても処理できないような膨大な量のデータを学習し、パターンや経験則を自律的に認識したり、計算機でデータを分析し予測分類することができるようになります。

物理学の伝統的手法が相性の良さの鍵。

では機械学習と物理は相性が良いとはどういうことでしょう。これには、長年培われてきた、物理学の“手法”が関係しています。

いま目に映る世界を物理学で理解しようとしたら…例えば今、あなたの目の前に一杯のコーヒーがあったとします。そのコーヒーに一滴のミルクを垂らすと、どうなるでしょう。落とされた一滴のミルクは次第にコーヒーの中に広がり、やがてミルクとコーヒーの判別がつかなくなります。

では、この現象を物理学的に理解するために、ミルクやコーヒーの分子の運動を観察し計算をせよ、と言われたとしたら…。一つ一つの分子を観察するのは困難ですし、計算もとても複雑になりそうです。物理学では、こういった困難を乗り越えるために古くからとある“手法”が存在しています。それは、現実世界から小さな部分世界を切り出すという手法です。切り出されたシンプルな構造のみに注目し、解析や計算を行います。そして最後にそれ以外の部分を現象論的に取り入れ、全体として矛盾のない形に整えて、組み合わせる。これが、物理学が現実世界を理解するために用いてきた伝統的な手法です。粒子や波といった近代科学の基本概念の多くは、この手法を用いて発見されました。

どの世界を切り出すか。

この手法で重要なことは、人間が世界のどこを切り出すかは一通りではない、ということです。どの部分世界を切り出すのかという選択は物理学者の腕の見せ所と言えます。しかし、時代が進むにつれ、物質の解析方法は進化し、物理現象の理解もより高度にかつ複雑になっていきました。例えば、物質の原子やイオンは、1023個つまり100,000,000,000,000,000,000,000個という膨大な数を超え存在しています。ここまで大きな数字になってしまうと、人間の理解できる範疇を超えており、部分世界の選択は非常に困難になってしまいます。ただ、物質のこの複雑さこそが多様性の根源であり、磁性や超伝導といった様々な機能を生み出しています。これを理解することが世界の真理に近づくこと、と言っても過言ではありません。

AIが人間の理解をサポートする。

この困難を乗り越えるための有力候補の一つが機械学習です。機械学習を用いれば、AIに人間では目を通すことさえ難しい膨大な量の解析データを学習させることができます。さらに、その中から小さな特徴を定量化し抽出し、人間の直感を超えた複雑な信号やパターンを人間に理解できるような形にしてくれます。つまり、どの世界を切り取れば良いのかという選択をAIがサポートしてくれるというわけです。このように機械学習は物理学の手法と非常に相性が良いのです。

相性の良さをどう研究に、社会に活かすのか。

この相性の良さを研究に活かそうと、当研究室では機械学習と物理学を組み合わせ、ミクロなレベルでの物質の特性解析を行なっています。ミクロレベルでの物質の特性は、今まではその影響が小さいことから無視しても差し支えのないものでした。しかし、コンピューターの処理するデータが膨大になり、より省スペース、省電力、高機能な次世代コンピューターの開発が望まれる今、物質のミクロレベルでの特性が引き起こす影響は無視できないものになりつつあります。

最近では、AIを活用して、「量子指紋」と呼ばれる複雑なゆらぎを解析し、金属内部のミクロな構造物質を読み取ることに成功しました。

今後もAIを活用した研究をさらに進め、新たな物質の量子的性質の解明に挑みます。